借金が出来て不幸だったんだろうかとよく考える。
3,000万もあるわけだから、どん詰まりで不幸だとは思うけど。。。。
ただ、今まで2,000万ちょっと返してきて、振り返って思うのは、意外平気という事。
まずは、ドン詰まってしまう返済開始の状態から。
27歳妻一人小一人のしがないサラリーマン、12.5万から借金返済開始
27歳で長ーーーーい返済生活のスタートです。
当時は本当にどうしようかと、途方に暮れる日々でした。
事故の賠償金は頭金を入れなければならなかったため、200万を銀行フリーローンで借りてました。
ということで返済スタート時はこんな感じ。
賠償金:10万/月
フリーローン返済:2万5千円/月
頭金を用意する際は、親、親戚はもちろん、会社にもお金貸してくれと懇願しました。
労働組合も有ったので、そこ経由で「労金のフリーローン」にも申請。
会社にお願いする時は辛かったですね。。。
当時の会社は一部上場の2000人くらい社員を抱える会社。
なんとかお願いしたら貸してくれるんじゃないかと、楽観視してる部分もありましたが、、、、
そんなに世間は甘くなかった。
まぁ、会社からしたら関係無いですからね(笑)
頭金200万は銀行のフリーローンから
頭金の200万は結局銀行のフリーローンから借りることに。
当時の会社のメインバンクの三井住友なら、社会人3年目の若輩にも貸してくれるんじゃないかと。
案の定貸してもらえました。
金利は法定金利内の12%。。。。(怖っ)
月々の返済額は12.5万円 当時にしたらきつかった。。。。
今の状態からしたら、12.5万くらいなら余裕でしょ?と思えますが、当時の我が家にはきつかった。
当時の収支の状況はというと
私の収入:22万
妻の収入:8万
家賃:7万
生活費:10万
返済12.5万
もう毎月1万の余裕ありませんでした。。。。ギリギリの生活。
子供も1歳と小さく風邪などの病気にかかったりしたら即アウト。。。。
散々親にも迷惑かけました
恥ずかしい話ですが、、、、、、
子供を預けている託児所も色々お金がかかります。
病気もそうですが、冠婚葬祭、帰省など、それなりにかかるもんです。
その度にスネかじってました。
本当にお恥ずかしい。。。
世の中の景気も最悪。
当時はリーマンショックの直後。
製造業で自動車関連メーカーに勤めていましたが、本当にひどかった。
仕事が無いから、国が補助を出してくれるから、週休3日とかになってました。
勿論、給料は下がります。
上記の家計状況でそれって、、、、
今改めて振り返ると本当にゾッとします。。。。
お気楽、おバカはバイトもせずに。。。。
- 家計簿 ⇒ 妻に任せきり。
- やばさ ⇒ 感じてはいたが、感覚だけ
(数字的に理解は皆無) - 週末、休日 ⇒ バイトもしない
(言い訳としては、「副業禁止」だから)
いやぁ、今振り返ってみてもひどい。。。。。
気持ちは凄く焦ってました。感覚的に「やばい」とは感じていたから。
まぁそんな状態でもとにかく焦ってました。
- これ何とかしないと本当にやばい。
- バイトとかでコツコツとか無理でしょ。
- 一発逆転しかないんでは。
宝くじ買う金は無いけど、、、、
もう完全に冷静さを無くしており、
給料入ってもすぐ消える。
毎月の支払日には夫婦でピリピリ。
子育て環境最悪。
借金が一向に減らない理由
そんな家計状況のため、フリーローンを毎月返済しているのに、枠ができたらすぐ借りる。
そんなことしてるから、一向に減らないし、ストレス増えるし、、、、、
ただひたすら利息ばかり払っていた状態ですね。
返済 → 2.5万
元金:1.2万
お利息:1.3万
そりゃぁ減らねーすわ。。。。
もちろんクレジットカードの買い物、キャッシング共に限度額一杯
当時はクレジットカードも持てていたので、しっかり使ってました。
が、
基本枠は一杯ですが、、、
- 返済する
- 枠が空く
- 使い切る
- すぐなくなり滞納
- (①に戻る)
もうどこまで落ちていくんだろうという感じ、、、、
この頃から不景気の影響も加わって、
「なんでウチだけこんなに辛いの、、、、、限界か、、、、」
という「運命呪います」的な会話がちょこちょこ出始めました。。。
フラグが立ちそうです。。。。
我が家の全容はこちら
まとめ
丸山家の借金返済開始の状態を書いてみました。
改めてみると思うのは、本当に現実から逃げていたなと。
良くこんな恥ずかしい状態を書いちゃうなと。。。
もっと家計にしっかり向き合えば、もっと傷口は小さかったなと。。。。
10年経って振り返ってみると思うことはあります。
ただ、当時は必死でしたけどね(笑)
まぁ、それも経験ですので、次回に続きは続けます♪